本当のアジアのプリンスが帰って来た。今年数え年で30歳になったチャン・グンソクは、もっと深く率直になった様子だ。2年という長いといえば長く、短いといえば短い空白期間にももと輝くような才能を発揮して、ファンのそばに一歩近付くことを予告した。
「アジアのプリンス」というニックネームのごとく、チャン・グンソクといえば海外活動を除外して語るこてはできない。2013年に放送されたKBS 2TVのドラマ「キレイな男」以降、韓国ではめったに見ることが出来なかった彼は、中国と日本を行き来して忙しい日々を過ごした。そして本格的な復帰を前に、ファンはもちろん主人公であるチャン・グンソクも珍しく浮き立った様子だ。
Q. 最近、カムバックに力を入れているが、どんな気分ですか。
うきうきしますね。今まで外国で熾烈でさびしい生活をしていましたが、僕の国では友人や、仲間と一緒にぶつかりあいながらやれるチャンスがあるということが重要です。だれもがホームシックにかかる理由があるじゃないですか、故国に対する懐かしさというか。僕が1年半くらい海外にいたので、韓国に帰って来ると、故国の穏やかさや温かさ、そんな感情を感じることができてとてもいいです。もちろん外国にも友達が多いですが、僕が守らなければならない家族と会社の職員、幼い頃の友達はみんな韓国にいるので、故国が懐かしいし、人が一番なつかしいです。でも、国の威信を高めるという思い出でいつも初心を失わないようにしています。
Q. 2年の空白期間は、どのようにすごしましたか。
主に海外での活動でした。日本でのツアーや中国公演をしながら過ごしました。俳優は、ドラマを一度撮影すれば韓国で作ったドラマを持って海外に出て最初からまた始めます。マーケティングから公演まで。終わりまできちんと整理をしなければならないです。僕の性格もそうです。輸出したからといって『振り込んで終わり』では、とても恥ずかしい気がします。僕が携わった作品ですから、終わりまで責任を果たそうと思います。広報活動が終わればセールスに入って、セールスが終われば、またチャン・グンソクのソロでツアーを回ります。そのため韓国にいる時間があるりせんでした。その渦中に学校にも熱心に通いながら博士号を取りました。
Q. 神秘主義というイメージが強かったですが、最近はファンと近く疏通していますね。
僕が神秘主義だったんですか(笑)?去年は学校に専念するためにたくさん活動することができませんでした。今は冬休みになりましたが。バラエティの出演は出来る限りするつもりです。そのスタートが、「プロデュース101」です。そこで僕は、101人の練習生を率いる代表です。JYPなどほとんどすべてのエンターテイメントの練習生101人を連れて、放送で紹介しながら視聴者がプロデューサーになって投票をするんですよ。そうして最終で11人が残るようになります。事前録画はすべて終わって、生放送のリアルタイム投票が残っています。
Q. 去年の12月には母校で講演もされましたが、学校に特別な愛情があるようですね。
初めて学校に高額を寄付しました。若い頃から寄付をしてきましたが、高額を寄付して良いこともたくさんありました。少し前に、学校で私が監督になって短編映画の撮影をしたんですが、スタッフの中で4人ほど僕に感謝すると言うんです。それで「何がですか?」と尋ねると、「チャン・グンソクさんが、学費を出してくれたじゃないですか」と答えると、「これが真の博愛主義か」と思いました。僕が学校に寄付しましたが、実際それが誰に行ったかは分からないわけです。でも、その子が大きくなって真の俳優になって、僕の短編映画でほとんど無報酬で演技をしてくれるわけですからうれしかったし、途中で学業をあきらめないで卒業してくれて、そこから来る感動がとても大きかったです。