「イベントレポ」「aespa」、初の高尺ドームを溶かした“圧倒的メタリックサウンド”… 猛暑を超える3万5000人の熱気

世界中を包み込んだ「ヒートドーム」も、この日ばかりはコチョク(高尺)ドームの熱気に押された。「Lemonade」で幕を開け、「Whiplash」「Black Mamba」「Armageddon」「Drama」「Supernova」まで。「aespa」がヒット曲を繰り出すたび、会場のテンションは急激に上昇した。初の高尺ドーム進出であったが、雰囲気は単なる「進出」というより「出陣」に近かった。

「aespa」は7〜8日、ソウル・クロ(九老)区の高尺スカイドームで「2026-27 aespa LIVE TOUR - SYNK : PARALLEL LINE / COMPLEXITY」を開催し、2日間で3万5,000人の観客と会った。デビュー後初めて高尺ドームのステージに立った彼女たちは、約2時間30分にわたって27曲を披露し、4度目となるワールドツアーの幕開けを告げた。

■ヒット曲だけで熱狂…“鉄の味”を超えたボーカルの存在感

オープニング曲の「Lemonade」から高尺ドームが揺れた。「aespa」が歌い始めると、ファンはそのまま大合唱で応えた。1階からドームの天井まで広がった声はサビで巨大なハーモニーとなり、ビートが弾けるたびに歓声がそれを包み込んだ。まだ1曲目が始まったばかりにもかかわらず、高尺ドームはすでにライブのクライマックスに達したかのようだった。

続く「Switchblade」が重厚なビートで会場を盛り上げ、「Whiplash」では胸を打ち鳴らすようなサウンドと切れ味のあるパフォーマンスがかみ合った。GISELLEのハイライトパートでは、割れんばかりの歓声が湧き起こった。

「Black Mamba」では「aespa」特有の強烈さが頂点に達した。隙のない群舞の合間を縫ってWINTERの響き渡るボーカルがドームを突き抜け、「WDA」まで続き、特有の重厚な“鉄の味”を押し出した。

強烈さだけで2時間30分を満たしたわけではない。「Come On Me」ではピアノを演奏するKARINA、そのピアノの上に位置したWINTER、ハンドマイクを手にしたGISELLEとNINGNINGが登場し、雰囲気を一変させた。続く「Thirsty」では4人のボーカルハーモニーが際立った。パフォーマンスをそぎ落としても、十分にステージを満たせるという自信が垣間見えた。

公演後半はヒット曲のパワーで押し切った。「Armageddon」はライブバンドを加えたロックバージョンでより荒々しく変貌し、「Drama」もロックバンドのアレンジにより爆発力を増した。「Next Level」を経て「Supernova」に到達すると、客席の大合唱が再び高尺ドームを覆い尽くした。

デビュー曲「Black Mamba」から「Next Level」「Drama」「Armageddon」「Whiplash」「Supernova」まで。いつの間にか2時間を超えるコンサートの見せ場を代表曲だけで立て続けに満たせるほどヒット曲が積み重なったという事実は、「aespa」の成長を実感させた。

■ソロ&ユニットで見せた個性…4人が散らばることでより鮮明になった色

ソロとユニットのステージは、「aespa」という名前の裏にある4人のアーティストの個性を確認する時間だった。

GISELLEとNINGNINGは直接作詞・作曲に参加した「Lollipop」で、幻想的で爽やかなR&Bのムードを完成させた。KARINAは「16 Bit」で重厚なボーカルとグルーヴを前面に押し出した。ダンサーたちとマイクを交わすパフォーマンスからも、一層余裕の増したステージ支配力がうかがえた。

WINTERは「Saddle Up」でギャップを見せた。聞き慣れた爽やかな高音の代わりに、艶やかでグルーヴィーな音色を聴かせ、ダイナミックな群舞と爆発的なボーカルを同時にこなし、ソロディーバとしての可能性を示した。GISELLEの「BYEB4HELLO」はキッチュでヒップだった。スタンドマイクを中心にステージを引っ張り、後半の強烈なダンスブレイクで雰囲気を一変させた。

NINGNINGは「I Love You But I Gotta Let You Go」で華やかなパフォーマンスを封印し、声に集中した。雄大なオーケストラと幻想的なボーカルの組み合わせが高尺ドームを満たした。KARINAとWINTERの「Serenade」は、再び高尺ドームの心臓を強く叩いた。重厚なEDMビートの上で2人の力強いボーカルがぶつかり合い、会場を破壊するようなエネルギーを生み出した。

グループとして集まったときは1つの強烈な色を作り、散らばると4人の個性がより鮮明になった。ソロやユニットのステージが単なるコンサート用のイベントにとどまらなかった理由だ。

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2026.08.09