ハングルを自ら創製したことでも知られる4代王の世宗(セジョン)。朝鮮王朝最高の聖君と称されています。彼はもともと3代王・太宗(テジョン)の三男でした。長男をさしおいて自分を王に指名してくれたことを父に感謝していました。
歓慶殿(ファンギョンジョン)で長今(チャングム)が中宗(チュンジョン)を診察した
父にお礼がしたいと考えた世宗は、父が建てた昌徳宮(チャンドックン)のとなりに新しい離宮を建設することで自分の気持ちを伝えようとしました。
その離宮が1418年にできた寿康宮(スガングン)であり、1483年以降は昌慶宮(チャンギョングン)として発展しました。
当時、王族の年長者たちは落ちついて暮らせる離宮を好む傾向があり、そういう要望が強まるたびに昌慶宮は規模が大きくなっていきました。
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