『オクニョ』が描いたのは『チャングム』の次の時代!

『オクニョ 運命の女(ひと)』は1550年代の話が中心になっていた。このときは、果たしてどんな時代だったのか。それを知ると、物語の背景も見えてきて、内容を理解しやすくなる。

 

女帝が君臨した時代
『宮廷女官 チャングムの誓い』の主人公になっていたチャングムが「朝鮮王朝実録」に最後に出てくるのは1444年だ。それは、11代王・中宗(チュンジョン)の病状が悪化したときで、チャングムが必死に看病していた。
つまり、チャングムは1540年代までの実在が確認されている。そう考えれば、『オクニョ』は『宮廷女官 チャングムの誓い』が描いた時代を引き継ぐような形で始まっていると言えるだろう。
当時は、13代王・明宗(ミョンジョン)が国王だった。彼は善人であったが、国王でありながら政治的な実権を持つことができなかった。

なぜ、そうなってしまったのか。
母親の文定王后(ムンジョンワンフ)が女帝として君臨していたからだ。
この文定王后は、明宗の父である中宗の三番目の王妃だ。
中宗には二番目の王妃だった章敬(チャンギョン)王后が産んだ世子(セジャ/国王の正式な後継者)がいて、そのまま12代王・仁宗(インジョン)として即位した。しかし、1545年に文定王后は仁宗を毒殺した疑いが強い。

自分がお腹を痛めて産んだ明宗を王にするためである。その際に、手先として動いたのが鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)だ。
彼女は「朝鮮王朝三大悪女」の1人に数えられているが、あくまでも文定王后の手先として動いたのであり、巨悪はむしろ文定王后であった。
1550年代は干ばつが続いて餓死者が続出した。それにもかかわらず、文定王后は庶民を救済する対策を取らず、政治を腐敗させた。

そうした悪政を明宗はただ見ているだけしかできなかった。彼はどんなに心を痛めていたことだろうか。
こうした歴史を知ったうえで『オクニョ』を見ると、さらにドラマが面白くなるに違いない。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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コラム提供:チャレソ

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2020.01.06