ソウルの中心部にある世宗の像
K-POPが好きな若い人の間でハングルを学ぶ人が増えている。このハングルは朝鮮王朝の4代王・世宗(セジョン)が自ら主導して作ったものだ。現在のハングル熱を知れば、世宗はどれほど驚くだろうか。
漢字は難しすぎた
1418年に即位した世宗は、学問好きを生かし、集賢殿(チッピョンジョン)という学問研究所に優秀な学者を集めた。
国王としての独自性を出すために自分のブレーンを育てたわけだが、その集大成がハングル創製である。
朝鮮王朝の文字はもともと中国伝来の漢字だった。
漢字は当時の教育レベルではかなり難しい文字で、一般庶民が自由に使いこなすことは困難だった。
結果として庶民は自分たちを表現する文字を持てなかった。
逆に言えば、教育を受けた者だけが漢字を使いこなせるという特権を享受していた。彼らにとって、漢字は自分たちの存在を証明するための手段でもあった。そんなエリートにすれば、庶民が漢字を知らないほうが都合がよかった。
さらに、中国大陸には中華思想があり、周辺国家が独自の文字を持つことに嫌悪感を示した。朝鮮王朝が新たな文字を作れば当然ながら中国大陸から警戒される。
それでも、世宗は民族独自の文字にこだわった。
文字を持たない民を憐(あわ)れに思ったからである。そこで、世宗は文字の創製に取り組んだ。
朝鮮王朝最高の名君
世宗は身分や家門にこだわらず、若い人材を積極的に登用した。逆に言うと、新しいことを行なうにはそういうやり方でなければ意味がなかったのだ。
世界史を見ても、王による文字の発明は他に例を見ない。とにかく、世宗を動かしたのは、「この国に足りないものは何か」「どうすれば民衆の暮らしがよくなるか」という考えだった。
1443年に完成した民族独自の文字は、1446年に“訓民正音(フンミンジョンウム)”という名で公布された。
この“正音”に世宗の思いが込められている。
彼は庶民の暮らしに接し、彼らがどんな言葉を話し、どんなことに不便を感じていたのかわかっていたのだ。
“訓民正音”は後にハングル(“偉大な文字”という意味)と呼ばれたが、庶民にとって自分が話す言葉を文字にできる喜びは本当に大きかった。
その喜びが今につながっており、そうした功績で世宗は「朝鮮王朝最高の名君」という揺るがぬ評価を受けている。