民主化闘争の導火線
「机をドンと叩いたら、それで急に倒れてしまった。急いで病院に運ぼうとしたが、車の中で亡くなった」
それが取り調べに当たった警察の言い分だった。そんなことで人間が死んでしまうものなのか。あまりに稚拙すぎて国民の失笑を買ったが、警察は必死に事実を隠蔽しようとした。
学生は、ソウル大学の学内デモの主導者と連携をはかっているとの嫌疑で警察官に身柄を拘束されて、治安本部に連行された。1987年1月14日のことである。
治安本部の取調室で6人の警察官が学生を取り囲んで自白を強要した。しかし、学生は何も語らなかった。業を煮やした警察官は、取調室の隅にある水槽に水を満たし、学生の上半身を裸にして顔を水の中に強引に押し込んだ。当時の警察の常套手段であった水拷問である。
学生は自らの信念をかけて仲間を売ることを拒否した。逆上した警察官の水拷問は激しさを増し、狂ったように学生の顔を水に沈めた。これではひとたまりもない。学生の崇高な命は取調室ではかなくついえた。
名を朴鍾哲と言った。ソウル大学の学生で、まだ21歳の若さだった。
野蛮な水拷問と悪質な隠蔽工作。警察側の恥知らずな行為は国民の激しい怒りを買い、その憤怒は自由を束縛する全斗煥政権に向けられた。
尊い学生の死は、やがて韓国全土に燎原の火のように燃え上がる民主化闘争の導火線となった。
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