まるで毒殺されたかのように
高官たちが猛反対した。
「王朝の正統性を覆しては絶対になりませぬ」
そういう意見が相次いだ。
しかし、仁祖は強硬だった。
強引に鳳林を世子にしてしまった。
仁祖が王朝の原則を無視した背景には何があるのか。
実は、仁祖が昭顕を毒殺したという疑いが出ていた。
朝鮮王朝の正式な歴史書である『朝鮮王朝実録』には、「亡くなったときの昭顕の遺体は、まるで毒殺されたかのように黒ずんでいた」という記述がある。これは一体、何を意味しているのか。
(第3回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ
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