第4回 『愛の挨拶』で衝撃のデビュー
ペ・ヨンジュンは1994年、ドラマ『愛の挨拶』の初めての撮影に臨んだ。そのシーンは、降り注ぐ雨の中で傘を持って相手役のソン・ヒョナを待っているという場面設定だった。このドラマは、チョン・ギサンとユン・ソクホの共同監督体制だったが、このときはユン・ソクホの演出だった。
ユン・ソクホ監督の怒り
撮影が始まった。
消防車2台を使って雨を降らせ、ペ・ヨンジュンの出番となった。
しかし、肝心な場面で彼はセリフをなめらかに言うことができなかった。一生懸命だったが、あまりに緊張しすぎて、NGを連発してしまった。時間ばかりが無駄に過ぎ、スタッフのイライラが募った。しかも、消防車の水にも限りがあった。
ついに、ユン・ソクホの怒りが爆発した。
「お前みたいな奴がなんでこの世界に入ってきて、ドラマをぶち壊すんだ!」
普段は温厚なユン・ソクホが烈火のごとく怒ったので、撮影現場はまるで凍りついたような雰囲気になった。
大切な撮影現場を混乱させてしまい、ペ・ヨンジュンは本当に恥ずかしくて仕方がなかった。
結局、撮影スタッフの冷たい目にさらされながら、ペ・ヨンジュンは初めての出番を終えた。わずかなシーンに5時間もかかる有様だった。
このときほど、ペ・ヨンジュンは自責の念にかられたことはなかった。自分一人のせいで大勢の人に迷惑をかけてしまったという思いは決して消えなかった。
演技の成長を認められた
ペ・ヨンジュンにしてみれば、「残るも地獄、去るも地獄」という心境だった。ならば、どんなに嘲笑を浴びても最後まで最善を尽くすしか道はない。
もう、死に物狂いだった。
起きているときは常にペ・ヨンジュンの手に台本があった。自分ではセリフを完璧に覚えたと思えたが、それはあくまでも「つもり」にすぎなかった。単に頭の中にセリフを詰め込むのではなく、その場の感情をよく把握したうえでセリフを正確に言うことに専念した。機械的でなく、理性的にセリフを覚える必要性に気がついたのだ。
成果は着実に現れた。3回目の撮影のとき、ユン・ソクホが声をかけてくれた。
「どこかで専門的に演技を勉強したのか?」
短い言葉だったが、まるで演技の成長を認めてくれるかのような発言だった。
このときのうれしさといったら格別だった。
「なんでも一生懸命にやればできるんだ」
そう自覚できたのは収穫だった。以後、ペ・ヨンジュンの座右の銘は「いつでも最善を尽くす」になった。
ペ・ヨンジュンの俳優としての成長はめざましかった。多少は演技の勉強をしたとはいえズブの素人に近かったペ・ヨンジュンは、『愛の挨拶』の撮影を通して少しずつ安定した演技を見せるようになった。
そんな中で、九死に一生を得る出来事があった。あやうく溺死しそうになってしまったのだ。
撮影中に溺れる
ときは真冬だった。相手役の女優が川に靴を投げ入れたら、それを取りにいくという設定だった。
確かに真冬の川では危険なシーンなのだが、ペ・ヨンジュンは果敢に挑戦しようとした。しかも、彼は水泳に自信があった。
けれど、女優が投げた靴が意外と遠くまで飛んでしまったことが誤算だった。ペ・ヨンジュンはすぐに川に飛び込んで取りに行ったが、ジーパンをはいていたこともあって次第に身動きができなくなり、不覚にも溺れてしまった。けれど、カメラは回っている。必死に演技もしなくてはならない。さすがのタフガイも水を大量に飲んで苦しかった。
ようやく助け出されたとき、ペ・ヨンジュンは震えながら言った。
「本当に死ぬところでした」
それを聞いたチョン・ギサンは「確かに、お前は本当に死ぬ思いだったことだろう」と軽く言葉を返してくるだけだった。
監督からすれば、おかげで迫真のシーンを撮れたという思いだったのかも。ペ・ヨンジュンにしてみれば散々な出来事だったが、同時に現場の厳しさも思い知らされた。
一方、『愛の挨拶』は放送を重ねる度に評判となり、ペ・ヨンジュンの経歴を知りたいという問い合わせがKBSに殺到するようになった。また、ドラマのロケがひんぱんに行なわれるソウルの弘益(ホンイク)大学の周辺には、ペ・ヨンジュンを一目見ようと大勢のファンが集まり、撮影時はいつも人だかりができた。
「すごく震えます。僕のことを知りたいと思う人がいて、ファンレターまでたくさんいただくのですから……」
ペ・ヨンジュンはそう言って感激を新たにした。
春風のような美男子
マスコミの評判もよく、新しいスターとしてペ・ヨンジュンは好意的に韓国の芸能界に迎えられた。
たとえば、日刊紙のイルガン・スポーツは新人のペ・ヨンジュンを次のように論評している。
「KBSのドラマ『愛の挨拶』に登場するペ・ヨンジュンは、黒ぶちメガネをかけながら爽やかな微笑を見せ、少女たちの心を春風のようにときめかせる美男子だ。
180センチの長身で体重は68キロ。若干やせた体型であるが、弱いイメージはなく、ボディービルディングで鍛えた堂々たる肉体を服の中に隠している。
ドラマの中で大学1年生のヨンミン役として登場するペ・ヨンジュンは、同じ学科の女子大生(ソン・ヒョナ)のことを好きになりながらも、言葉一つ発することができない内向的な演技を見せる。
それがまた、女性たちの母性本能を刺激している。
他の男と言葉を交わす愛する女性の姿を、遠いところからじっと見つめている彼の純粋な眼の動きが印象的だ。感受性が鋭く純粋な男性であるヨンミンは、ペ・ヨンジュンの実際の姿とも本当に似ている。
もともと内向的な性格のペ・ヨンジュンは、自分が出演するドラマについては直接顔を上げて見ることもできないそうだ」
まさに、ペ・ヨンジュンはデビュー作で一気にスターダムにのぼった。その登場はあまりに新鮮で衝撃的だった。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ
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