韓国時代劇『テバク』第一話の冒頭。チャン・グンソク扮するテギルと、チョン・グァンリョルが演じる李麟佐(イ・インジャ)の対面シーンが印象的だ。
民を思うテギルと、李麟佐の緊迫した対立は物語の期待感を高めることに成功している。
物語の鍵を握ることが確実な李麟佐。彼を知れば『テバク』がより面白くなることは間違いない。
後世の歴史書に「反逆者」と記される李麟佐。その正体に迫る。
宮中が2つに割れた後継者問題
李麟佐を知るためには、当時の時代背景を知ることが必須になる。これまでの記事の復習となる部分も多いが、改めて当時の時代背景を見てみよう。
物語の舞台は、19代王・粛宗(スクチョン)の治世末期。後継者を巡り、王朝が2つに割れていた時代だ。
朝鮮王朝を発展させた名君として知られる粛宗だが、彼は正室との間に嫡子を授かることができず、2人の側室から生まれた子のどちらかを後継者にする必要があった。
本来ならば、先に生まれた子が後継者となるべきなのだが問題が生じた。母親が罪人として処罰された張禧嬪(チャン・ヒビン)だったのだ。臣下の多くが、罪人の子を王にすることを反対した。
そのため、宮中ではドラマ『トンイ』のモデルとなった淑嬪崔氏(スクビンチェシ)の子を王に擁立する動きが活発化した。
ここでドラマならではの設定が登場する。
実は、王位継承者候補の1人になった淑嬪崔氏の子は次男であり、史実では長男は早世している。しかし、『テバク』では、長男は死なずに「イカサマ師テギルとして生きていた」という設定がされている。
作中でテギルは、ところどころで王族の資質を見せる。チャン・グンソクはそうした瞬間的な部分を見事に演じ切っている。
即位後も収まらない宮中の派閥争い
さて、前ページで当時の朝鮮王朝が2つの派閥に分かれていたことを書いたが、その対立は激化の一途を辿っていく。李麟佐を知るためにも、当時の政治紛争をもう少し辿る必要がある。
1720年、多くの反対がある中、張禧嬪の子が粛宗の後を継いで20代王・景宗(キョンジョン)として即位した。しかし、王の即位後もそれを認められない臣下が多く、宮中は2つ派閥による対立が激化していった。
1721年8月、反対派の勢いに負けた景宗は、淑嬪崔氏の子を世弟(セジェ=王の弟が後継者になること)に任命した。
こうなると、世弟派の人間たちはさらなる要求を突き付け、病弱な景宗に代わって世弟が代理で政務を行なうように進言するようになった。
景宗の弱気に姿勢に不安を感じたのが、彼を支持した景宗派の臣下たちだ。彼らは弱り始めた権勢を回復する手段として強硬な武力行使にでる。その結果、世弟派は政治の中枢から追いやられ、景宗派が政権を掌握した。
景宗派の勢いは長く続かなかった。神輿である景宗が亡くなったのだ。こうして、世弟が21代王・英祖(ヨンジョ)として即位する。英祖は自分の派閥だけを優遇することなく、景宗派の人間たちも平等に登用する政策を行なうのだった。
「反逆者」として名を残した大元帥・李麟佐
英祖の寛大な処置を受けても、景宗派の人間は納得することができなかった。一度は、政権を握ったのだから、その気持ちが生まれるのも当然だろう。
そうした景宗派の負の感情を利用したのが李麟佐である。彼は、「景宗の死は英祖派の陰謀である」という大義名分を掲げると、景宗派の人間たちをまとめあげた。
李麟佐の行動は迅速だった。彼は自らを「大元帥」と名乗ると、棺桶の中に武器を隠して北方にある城に何食わぬ顔で潜入。英祖派の重鎮たちを次々と殺害して、城の1つを占拠してしまったのだ。
さらに、李麟佐は英祖の不当性を声高に叫びながら、16代王・仁祖(インジョ)の長男でありながら、王位を継ぐことなく亡くなった昭顕(ソヒョン)のひ孫を新たな王に擁立して、本格的なクーデターを起こすのだった。
李麟佐は北方を手中に収めると、首都である漢陽(ハニャン)に進軍を始める。しかし、躍進もここまでだった。
李麟佐が率いた反乱軍は、英祖が組織した鎮圧軍の前にあっけなく敗北してしまった。首謀者である李麟佐は、「大罪人」として大勢の民衆の前で残酷に殺される。
この戦いで景宗派の影響力は薄れて、英祖の治世は安定し始める。政権転覆をはかったクーデターが結果として、英祖の政治の助けになるとは、なんとも皮肉なことだ……。
敗北した李麟佐は「反逆者」として後世に名を残した。しかし、計画立案から行動までの迅速さや、同志を扇動する手腕は確かなカリスマ性を感じさせる。
演技派として知られるチョン・グァンリョルは『テバク』で、失墜したカリスマ李麟佐をどう演じるのか。実に楽しみだ。
(文=慎 虎俊)
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