「CNBLUE」のカン・ミンヒョクが、虹の橋を渡った愛猫チチを追悼した。
カン・ミンヒョクは9日、自身のSNSを通じて、約11年間を共にした愛猫チチがこの世を去ったことを明かし、悲痛な胸の内をつづった。
チチは2014年11月16日に生まれ、2015年3月21日にカン・ミンヒョクのもとへやって来た。人が大好きで、寝る時も食事をする時も、トイレに行く時も常にカン・ミンヒョクのそばについて回る、甘えん坊で愛らしい存在だったという。
しかし、今年6月末から食欲不振や体重減少が見られるようになり、7月中旬には嘔吐(おうと)が増えるなど容体が急激に悪化。さまざまな検査や治療を続けた末、8月7日に消化器リンパ腫と診断された。
カン・ミンヒョクは悩んだ末に抗がん剤治療を開始したものの、チチの体力は次第に低下。医師から心の準備をしておくよう告げられ、家族と話し合った末、すべての治療を終えて、一緒に暮らしてきた自宅へ連れて帰った。
そして8月9日午前8時47分、チチは虹の橋を渡った。
カン・ミンヒョクは、SNSに自身と同じくらい多くの記録を残してきたというチチについて、「チチの近況を伝えるのは今日が最後になると思います」とし、出会いから闘病、最期の瞬間までを詳細につづった。

僕のInstagramに、僕と同じくらいたくさん記録されてきた愛猫チチの近況を伝えるのは、今日が最後になると思います。2026年8月9日午前8時47分、チチは虹の橋を渡りました。
2014年11月16日にこの世に生まれ、2015年3月21日に僕のもとへやって来た子。約11年という時間、人が大好きで、寝る時も、ご飯を食べる時も、トイレに行く時も、肉球が乾いてしまうほどいつも僕のそばについて回っていた、甘えん坊で愛らしい子でした。
おやつをあげる時には、「おすわり」も「お手」も上手にしてくれた、優しくて賢い子。一度もいたずらをしたことがない、おとなしいチチ。病院のような慣れない環境でも人懐っこく、どこへ行っても愛されていた、僕たちの2番目の子チチが、もう僕のそばにいないということが今でも信じられません。最後の記録になるだけに、少し長くなっても詳しく残しておきたいと思います。
今年2月末から7月まで続いた長い海外ツアーの間、実の姉のそばで元気に過ごしていたチチでしたが、6月末から食欲不振と体重減少が見られるようになりました。すぐに病院で検査を受けましたが、最初はすべて正常でした。しかし、7月中旬から嘔吐(おうと)が増え、食欲も大きく落ち、状態が急激に悪化しました。可能な限りすべての検査を行い、気をもみながら結果を待っている間にも、チチの状態は日に日に悪くなっていきました。
7月29日、これ以上待つことができず、内視鏡検査を行って組織検査を依頼し、結果を待つことになりました。7月中旬に行った血液検査、腹部・心臓の超音波検査、全身疾患、ウイルスおよび猫伝染性腹膜炎(FIP)の検査結果はいずれも可能性が低い、または正常で、消化器系の問題である可能性が高いとの所見でした。消化器リンパ腫の可能性を最も高く見て、結果が出るまで7~10日かかる組織検査を、ただひたすら待っていました。
しかし7月31日、鼻水とよだれの症状がひどくなり、チチの状態は急速に悪化しました。毎日リアルタイムで状態を見守る中、急きょ肺のCT撮影が必要だとの所見を受けました。しかし検査を行おうとした矢先、それまで問題のなかった血液検査の数値まで、緊急に輸血が必要になるほど貧血が進み、肺のCT撮影を中止することになりました。
8月1日、さらに大きな病院へ移りました。2日間、自力で食事を取ることができず、経鼻胃管を通して流動食を与えながら、ただチチの状態が良くなることを願っていました。毎日撮影していた肺のレントゲンも、本当に速いスピードで白く濁っていき、肺にも明らかな異常があることが分かっていたにもかかわらず、チチの体調が悪化したことで、何の検査も行えない状況になりました。
8月5日、組織検査の結果が出る前に、わらにもすがる思いでFIP(猫伝染性腹膜炎)の治療薬を注射しましたが、大きな変化はありませんでした。
そしてついに8月7日、「small cell lymphoma(小細胞リンパ腫)」による消化器リンパ腫であるとの組織検査結果を受け、僕は選択をしなければなりませんでした。
消化器リンパ腫であることは間違いないものの、今のチチに現れているすべての症状をこの腫瘍だけで説明することはできず、ほかにも何かが存在している可能性があるという先生方の意見がありました。肺の状態を明確にするために追加の検査を行うのか、それとも、まずリンパ腫に対する抗がん剤治療を試してみるのか……。
消化器系の抗がん剤治療を始めた場合、その後に肺などの検査を行うにはチチの体力がもたない。一方で、ほかの病気が同時に進行しているのかどうかを明確にするための検査を行えば、今度はチチが抗がん剤治療に耐えられるか分からない。そんな状況の中、まずは確実に分かっている病気から治療を始めてみようと希望を託し、すぐに抗がん剤治療を始めました。
8月8日、午前と午後、面会に行くたびに、リアルタイムでチチが疲れ果てていくのが分かりました。その日の夕方遅く、治療を続けることへの懸念とともに、先生から「夜中に電話がかかってくる可能性があるので、心の準備をしておいてください」と言われました。
家族と深く悩んだ末、経鼻胃管を外し、すべての治療を終え、チチが1日でも穏やかに休めるよう家へ連れて帰りました。ところが、家に戻ってきたチチは、本当に信じられないほどの速さで状態が悪くなりました。まるで旅立つとしても、どうにか僕と一緒にいる場所で旅立とうと必死に耐えていたかのようでした。
8月9日、チチが懸命に耐えた末、安心できる家ですべての闘いをやめ、ゆっくりと眠りについていく姿を一晩中見守りました。チチは旅立つ時まで、葬儀場が開く時間に合わせて、僕に少しのつらささえ与えまいとするかのように一晩中懸命に耐え、朝、虹の橋を渡りました。
僕はこれまで、まだ幼い子どもだったのでしょうか。








