私は韓国の地方を旅行するとき、1人でよくタバンに入る。タバンは漢字で「茶房」と書くが、日本的にいえば古めかしい喫茶店のこと。たいていは女性が1人で切り盛りしていて、なぜかみんな「訳(ワケ)あり風」なのである。
待合室の人々
儒教社会の韓国では、30代以降の独り身の女性はなかなか生きづらいところがあって、周りからあれこれ言われて窮屈な思いをするようだ。誰にも干渉されずに思いのままの人生を歩みたい、という気持ちから「南の島に行ってみようかな」となり、たとえば済州島に来たりする。
持ち主はいるけど切り盛りする人がいないという店が多いから、その気さえあれば、すぐにでもタバンを始められる。すると、だいたい地元の年配の男性たちが常連となってくれる。都会から来た訳あり風な女性が店をやっていたら、男たちも気になって仕方がないのだ。
ただし、韓国のタバンでは酒を出してはいけない。ソフトドリンクだけ。そういう意味でいうと、わりと健全な場になる。もちろん、客単価が低いからそれほど儲かるわけではないが、なんとか女性1人でも食べていける。だいたい1年契約という形で経営するから、借りるほうもそれほど負担がかからない。
チニョンさんの場合、友人が青山島に嫁に来たということがきっかけでこの島に来た。その友人を頼ることで、それなりに共同体の一員になれる。ブラリと見知らぬ島にやってきたわけではなく、人を頼ってきただけに地元にも溶け込みやすい。
「もうすっかり、この土地に慣れたんですか」
私がそう聞くと、チニョンさんは大きく頷き、それからこう言った。
「この店は1年契約なのよ。そのうち、契約が切れるわ」
「延長するんですか」
「そうね。もう1年くらいは延長しようと思っている。1年で島を去ったら、あまりに寂しいでしょ」
その言葉に、チニョンさんの孤独を感じた。
そのとき、長い汽笛が2度鳴るのが聞こえ、外に出てみたら霧が晴れていた。乗船券売場の窓口に行くと、「9時50分の便が出航します」と教えてくれた。
何気なく、待合室を見回して驚いた。例の夫婦は相変わらずスナック菓子を食べていたし、例の30代女性の2人連れはテレビドラマを見ていた。私が最初に見たときから3時間以上も経っているのに、飽きもせずに同じことをずっとやっていたのだろうか。これこそ、船の欠航を辛抱強く待つ秘訣かもしれない。まったく同じ構図に笑いがこみあげてきた。
タバンに戻ってチニョンさんに別れの挨拶をしたら、「今度来たときはかならず連絡して」と言って携帯電話の番号を教えてくれた。このあたりの無防備さがいい。私も「次に来るときまで店をやっていてくださいよ」と言って店を出た。人懐っこそうに目を細めているチニョンさんの面影を背中で感じながら……。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
康熙奉の「韓国のそこに行きたい紀行」青山島2/ドラマ『海神』の舞台
康熙奉の「韓国のそこに行きたい紀行」青山島17/のんびりした喫茶店