『暗殺』の主役3人。右からイ・ジョンジェ、チョン・ジヒョン、ハ・ジョンウ
昨年夏に韓国で公開されて観客動員数1270万人を記録した映画『暗殺』。植民地となっていた1930年代の京城(今のソウル)が舞台になっている。大きな話題となったのは、チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウというトップ俳優の競演。他にも見どころが多い作品だ。「シネマート新宿」で7月16日から、「シネマート心斎橋」で7月23日から公開される。
才能豊かな世代
1990年代後半に度々韓国に行って、20代なかばの若者たちとよく酒を飲んだ。ほとんどがレッドデビル(サッカー韓国代表のサポーター集団)の連中だったが、才能豊かな若者が多くて感心した覚えがある。
彼らは1970年代前半に生まれ、軍事政権から劇的に変わった民主革命(1987年)を高校生のときに体験し、以後も欧米や日本から多くのことを学んで、韓国に新しい文化を持ち込んだ。今までにない価値観を持った若者たちということで、1990年代には「オレンジ世代」とも言われた。
この人たちが、いま40代なかばになっている。
「若者」から「中年」に変わったが、才能に磨きがかかり、今後の韓国を文化的にリードしていく世代であることは間違いない。
こんな前置きを書いたのは、チェ・ドンフンについて語りたかったからだ。
彼は1971年生まれ。イ・ビョンホンより1歳下で、ペ・ヨンジュンより1歳上だ。今や「才能豊かな世代」を代表する1人になったと言っていい。
映画の面白さは脚本と監督で決まると思っている私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)は、チェ・ドンフンが脚本を書いて監督をした『10人の泥棒たち』に度肝を抜かれた。
傑作!『10人の泥棒たち』
主役クラスの俳優が大勢出ていたが、配役それぞれのキャラが明白で、背負っている人生がよく描かれていた。
とりわけ感心したのが、キム・ヘスとチョン・ジヒョンの掛け合いだ。騙しあっている2人の腹の底が透けて見えて、おかしくて仕方がなかった。
今もチョン・ジヒョンがキム・ヘスに呼びかけるときの「オンニ!(姉さん)」という声が耳に残っている。欲がからみあう人間関係をあれほど明快に描き出すチェ・ドンフン監督の手腕に舌を巻いた。
しかも、『10人の泥棒たち』で際立っていたのが外壁づたいのロープアクション。あの「ハラハラ感」は格別だった。一連のシーンを見た日本の映画関係者はショックを受けたのではないか。
「この手があったのか。先を越された」
そう思わなければ、創作者としてよほど鈍感だ。
『10人の泥棒たち』が韓国で観客動員数が1000万人を楽々越えたのも納得だ。自分でお金を払って映画館に行く人は、ああいう映画こそ見たいのである。
その『10人の泥棒たち』で韓国の映画ファンを大いに楽しませたチェ・ドンフン監督。次作に注目が集まるのは当然だが、それが『暗殺』である。
壊せば壊すほど面白くなる?
観客動員数は1270万人。韓国人の4人に1人が見た計算だ。チェ・ドンフン監督は2作続けて記録的な大ヒットを記録したことになる。
さらに、この監督が凄いのは、『10人の泥棒たち』で得たであろう大金を、『暗殺』の制作費として惜しげもなく使ったことである。
彼はこう言っている。
「映画でお金を儲けたいなら、このように(『暗殺』のように)撮影してはいけません」
なんと痛快な言葉だろう。
逆に言えば、スッカラカンになる覚悟で『暗殺』では経費をかけまくったということだろう。
確かに、映画の中の街並みが凄い。
よくぞ、ここまで再現したと思う。
しかも、それをアクションシーンで破壊しまくっている。街並みだけではない。集めた貴重なクラシックカーも次々に吹っ飛んでいる。
「すべてぶち壊せ。街も車も……。壊せば壊すほど映画が面白くなる」
そんなチェ・ドンフン監督の叫びが聞こえてくるような気がする。
派手なアクションのエンタメ
映画『暗殺』は、植民地時代に独立運動家たちが、虐殺に関わった日本の軍人と国を売った親日派の大物を暗殺するストーリーである。
暗殺部隊のスナイパーがチョン・ジヒョン。独立運動家を装った密偵がイ・ジョンジェ。不思議な殺し屋がハ・ジョンウとオ・ダルス。いい役者が揃った。見る前からワクワクするような顔ぶれだ。
期待どおりだった。特に、チョン・ジヒョンに魅せられた。彼女の他に誰がこの役をできたのか。そう思わせられる演技と存在感だった。
さらに、イ・ジョンジェにはマイッた。ネタバレになるので詳しく触れないが、イ・ジョンジェが登場する度に「何かが起きる。ヒヤヒヤさせられる」と胸騒ぎを覚えた。いつのまにか映画に釘付けになっていた。日々の生活では滅多に味わえない「釘付け」だ。
ストーリーの後半は、日本の軍人との銃撃戦になるが、日本をカタキ役にしているわけではない。朝鮮半島を植民地にした帝国主義と、国を売って資産を得た親日派が倒すべき相手になっている。しかも、親日派は民族の同胞である。彼らの裏切りに対して独立運動家たちが銃を向けていたのである。
映画の本筋は、派手なアクションが多いエンタメ。それでいて、繊細な感情が行き来する人間関係がスリリングに描かれている。
まさに、チェ・ドンフン監督の才気に酔いしれる映画だ。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ
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