
ソン・イェジンがチーズスティックを食べる動画が、韓国の食事マナーをめぐる論争にまで発展した。たった1本の食事動画が、そこまで批判されることなのだろうか。
最近、ソン・イェジンは自身のSNSに、流行中のチーズスティックを食べる動画を投稿した。普段よりもリラックスした姿で、ただ食事を楽しんでいただけだった。しかし、食べ物をかむ際に出る、いわゆる「クチャクチャ」という音が気になるとして、食事マナーを指摘するコメントが寄せられ始めた。動画はやがて日本のSNSにも広がり、さらなる論争へと発展した。
こうした品評の対象になったのは、ソン・イェジンだけではない。
パリ・ファッションウィークに出席した女優キム・ヒエは、笑顔で現地インタビューに応じた。ところが、一部のネットユーザーが注目したのは、インタビューの内容ではなく、彼女の顔のしわだった。「老けた」「もっと太った方がいい」など、容姿に対する評価が相次いだ。
女優ペ・ドゥナも同様の指摘を受け、女優コ・ソヨンは手のしわ、俳優ソ・ガンジュンは歯並びをめぐって品評の対象となった。
食べる音も、顔のしわも、歯並びも。芸能人は、そこまで他人に評価されなければならないのだろうか。
芸能人に向けられる大衆の関心は、新たな段階に入ったのか。それとも、有名人というだけで、日常のあらゆる部分が品評の対象になる時代が訪れたのだろうか。
■「顔の評価」だけでは終わらない…日常の細部にまで入り込む品評
そもそも芸能人は、大衆から評価されることを避けられない職業だ。人々の支持を受け、容姿や実力などを通じて活動を認められることで、その地位を築いていく。そうした意味で、外見に対する評価は以前から存在し、芸能人であればある程度は受け入れなければならないものと考えられてきた。
しかし、今起きているのは、単なる容姿の評価にとどまらない現象だ。食べ方、話し方、表情、さらには身体のごく小さな特徴まで、芸能人の私的な領域に大衆の視線が入り込んでいる。
かつて、芸能人の姿を目にする機会は、テレビ番組やグラビア、インタビューなど、ある程度整えられたコンテンツが中心だった。ところが現在は、SNSやショート動画を通じて、スターの日常まで簡単にのぞくことができる。
何気ない表情、ふとした話し方、食事をする姿。以前ならその場限りで終わっていた瞬間が、今では一つのコンテンツとして切り取られ、多くの人に消費される。
特にショート動画は、短い場面が繰り返し再生されるという特徴を持つ。本人が意図していなかった一瞬の表情や動作が注目を集め、時にはその部分だけが独り歩きすることもある。
結果として、芸能人の全体的なイメージよりも、特定の表情や話し方、身体の一部分といった細かな要素が強調され、それぞれが評価の対象になっていく。
ある芸能界関係者は、韓国メディア「ヘラルドミューズ」の取材に対し、「以前は全体的な雰囲気や態度、衣装など、比較的大きな範囲でイメージを評価することが中心だった。しかし最近では、外見の細かな特徴はもちろん、話し方や表情、一つひとつの行動まで、評価の基準が次第に細分化されている」と説明した。
さらに「特にSNSやショート動画が活発になり、こうした現象がより顕著になっている。断片的な場面一つでも動画として制作され、高い注目度と影響力を生み出し、急速に拡散されることで、ささいな部分まで大衆の評価対象になっているようだ」と指摘した。
■見過ごされていた一瞬が、拡大され、切り取られ、拡散される
こうした変化を後押ししているのが、映像技術の進歩だ。
高画質の動画や画像のキャプチャー、拡大機能の発達によって、以前なら見過ごされていた小さな部分まで、簡単に捉えられるようになった。
大衆文化評論家のシム・ジェゴル氏は「以前ならそのまま見過ごされていた場面も、撮影機器の高画質化やキャプチャー、拡大機能などによって、ごく小さな部分まで話題になる」と指摘した。
続けて「以前は放送局が制作する、コンセプトの整った番組が多かった。しかし今では日常を扱うコンテンツが人気を集め、YouTubeやSNSなどで、はるかに多様なコンテンツが制作・消費されている」と説明した。
さらに「視聴するだけにとどまらず、編集や再制作にも参加することで、より細かな部分が、より速く流通するようになった。その結果として現れている現象だと思う」と分析した。
かつては見過ごされていた一瞬が、今では何度も再生され、拡大され、切り取られ、別の動画として広がっていく。スターの何気ない日常が注目を集める一方で、その細部までが評価や批判にさらされる環境が生まれている。
■「関心」と「品評」の境界線…芸能人なら何を言われても仕方がないのか
もちろん、芸能人の容姿や行動に対するすべての反応を「品評」と決めつけることはできない。
芸能人は大衆の関心を集めることで活動が成り立つ職業であり、作品や活動への評価だけでなく、スターとしてのイメージや容姿も自然と注目の対象になる。
しかし、その関心はどこまで許されるのだろうか。どこからが、個人の領域を踏み越える品評になるのだろうか。
しわや歯並びのように本人が簡単には変えられない身体的特徴から、食事の習慣や話し方といった私生活に近い部分まで評価が及ぶようになり、単なる関心と過剰な品評の境界はますます曖昧になっている。
芸能人に対する評価と、個人の領域を侵す品評。その間に明確な一線は存在するのか。
シム・ジェゴル氏は「芸能人がごく小さな部分まで大衆から評価されることは、宿命のようなものだ。事実上、境界線はないと考えている」と語った。
一方で、「事実を歪曲(わいきょく)した切り貼りや、個人の尊厳を傷つける行為にまで発展した場合は、ある程度の対応が必要だ」と強調した。
さらに「この部分については、芸能事務所も次第に業務の比重を高めている傾向にある」と付け加えた。
芸能人が注目され、評価されることは、確かに避けられないのかもしれない。しかし、関心を寄せることと、他人の一挙手一投足を品評することは、果たして同じなのだろうか。
ソン・イェジンの食べる音から、キム・ヒエのしわまで。スターの日常が隅々まで見えるようになった今、問われているのは芸能人の振る舞いだけではない。画面の向こうにいる私たちが、何を、どこまで評価してよいと考えているのか。その視線そのものも、改めて見つめ直す時期に来ているのかもしれない。
WOW!Korea提供








