<コラム>「BIGBANG」の作曲家は「中卒の前科者」だった

<コラム>「BIGBANG」の作曲家は「中卒の前科者」だった

日本で「障害の偽り」の作曲家が話題になっているが、韓国では「中卒の前科者」の作曲家が話題になっている。その主人公は、「BIGBANG」のヒット曲「Baby Baby」(原題:「最後のあいさつ」)などをプロデュースしてきた「勇敢な兄弟」だ。

近年のK-POP界で活躍する作曲家の中には、「勇敢な兄弟」以外にも、「新沙洞(シンサドン)ホレンイ」、「Duble Kick」、「Don Spike」など、ユニークな名前が多い。本来、作曲家といえば何か上品なイメージがあり、ほとんどの有名作曲家たちは本名を使用していた。

しかし、21世紀初頭「K-POP」という言葉が登場し、韓国の歌謡界にも欧米化が急速に進むと、アーティスト名や曲名、歌詞などはもちろんのこと、作曲家の名前においても横文字化やユニークなネーミングがトレンドになった。かつてのJ-POP界で起きた現象が韓国でも同じように再現されている。

そして、90年代半ばから後半にかけて日本の音楽業界を席巻した「小室哲哉」に匹敵するくらいの活躍ぶりを見せているのが「勇敢な兄弟」(Brave Brothers、本名:カン・ドンチョル)だ。初期は兄のカン・フクチョルと共同作業だったので、「兄弟」がついたが、今は一人で作業をしていながらも、芸名として「兄弟」を維持している。

2004年から2008年にかけては「BIGBANG」などが所属する「YGエンターテインメント」の専属作曲家兼プロデューサーとして活動した彼は、その後「ブレイブ・エンターテイメント」という芸能事務所を設立して独立する。

主にアイドルグループ向けの楽曲を制作しており、「BIGBANG」、「SISTAR」、「TEENTOP」、「4Minute」、「AFTERSCHOOL」、「ZE:A」、「Brown Eyed Girls」、「U-KISS」など、人気アーティストたちのヒット曲を数多く手がけている。

特に、2010年のK-POPブーム以降は、彼からの曲提供を渇望するアイドルたちが年中列を作るほどの存在感を発揮している。

音楽性の面では、ミュージシャン系ではなく、ヒップホップをベースにエレクトロニクスサウンドを取り入れた打ち込み(DTM)制作を得意としている。

一方、「『勇敢な兄弟』は楽曲を大量生産していて、どれも似たような感じ。」という批判もある。しかし、これは有名作曲家となれば避けては通れない道だ。今年に入っても彼の勢いは止まらず、韓国のK-POPチャートを連日のように賑わせている。

最近は、話題のガールグループ「AOA」の「短いスカート」、「BTOB」の「Beep Beep」、「Wonder Girls」出身のソロ女性歌手ソンミの「満月」をほぼ同時期に手がけ、3曲ともヒットさせたことで、その旺盛な制作力に改めてスポットが当てられた。

中でもソンミの曲の場合は、「JYPエンターテインメント」との初コラボレーションということでも話題を集めた。

関係者側も、「年明けから1日も休まずに曲を作っている様子だ。あまりにも多くのアーティストから作曲依頼が来ているので休む暇がない。今年は、『勇敢な兄弟』のデビュー10周年記念アルバムも制作しなければならないので、とても忙しい1年になりそうだ。」と、その多忙ぶりを明かしている。

韓国では華やかな「ヒットメーカー」としての顔を持つ彼だが、実は「中卒・前科者出身」プロデューサーとしても知られている。一時期、アンチファンからはこのことを大げさに言われてもいたが、現在の大衆の評価は違う。楽曲のクオリティーが良ければ音楽と関係のない「過去の経歴」なんかは、どうでもいいということだ。

彼自身もバラエティー番組などで自分の「育ちの悪さ」は認めているが、20代になって見事に更生したお手本としてメディアに取り上げられることも多い。

K-POPが更にグローバル化していく中、勇敢にも自分の過去を克服した「勇敢な兄弟」にエールを送る。この「中卒の前科者」がいなかったならば、「BIGBANG」の初期の素晴らしい音楽は聴くチャンスさえなかったかもしれない。

そして、自分の才能に気づかないまま「怒涛の時期」を送っている若者たち、未来の「勇敢な兄弟」にもエールを送りたい。

「実力よりも学歴を優先する」、「未来よりも過去に拘る」、「過去の失敗を許さない」この社会。日韓の社会はまるで双子のようだ。素晴らしさも、硬直した姿もだ。「BIGBANG」と「勇敢な兄弟」の音楽は、この硬直した日韓の社会に対して、警鐘を鳴らしているのかもしれない。

2014.02.25