「イベントレポ」新宿ピカデリー9周年記念 『息もできない』特別上映/第三夜 「イクチュンと洋次郎は表現者として似ている」 ヤン・イクチュン×野田洋次郎×松永監督が大いに語る!

2017.08.12

MC:ヤン・イクチュンさんはこれまで『かぞくのくに』『中学生円山』に出演するなど日本映画や日本文化にかかわって、何か影響受けていることはありますか?
ヤン監督:
日本と韓国、映画を作る環境は似ているようで違います。日本映画は長い歴史の中でシステムが作られていて、韓国は影響を受けている部分もあると思いますね。私も学ぶところも多くて、現場でも目で見て耳で聞いて色々なことを習得しています。
あと、韓国では年齢が1歳違うだけで相手を(兄貴なのか先輩なのか)どう呼ぶべきか困ることがあります。私と野田さんや松永さんは年齢が少しずつ違いますが、日本に来ると年齢を越えて友達になれるんですね。芸術をやっている同志だと年齢や国を越えられるのかなぁと。
野田さん:
そうかもしれませんね。僕も年齢が上の方とも、松永監督ともケンカをしながら仕事をしていて、それができるのは強みでもありますしね。 ところでイクチュンに質問があるんだけど、監督業と役者業と今どちらが楽しいの?
ヤン監督:
元々俳優になりたいところから始まったのですが、それは自分の中に抱えているものを解き放ちたい、という理由からで、それを排出する先として演技をしていた。でもそれが上手くいかなくて後で演出をするようになり、人はあとから学んだものにハマる傾向があるのか、私はいま演技よりも演出のほうがはるかに難しいなぁと、時間もかかるけれど楽しいなと思っています。
松永監督:
一足先に『あゝ、荒野』を観たのですが、イクチュンの芝居がすごくて、僕はこの二人(イクチュンと野田さん)が似ているなと思っていて、ロジックというより本能で身体を動かして芝居をする、表現者としてのタイプが似ていると思ってます。


野田さん:
イクチュンってアップダウンの差が激しくて、スクリーンで爆発する彼の姿を見ると、彼の明るさだったり表に対しての優しさだったり、そういうことが両輪なんだなぁと。自分の中で爆発するほどの怒りや悲しみの大きさ、それらの両輪があって初めて、表現として一人の人間として成立しているのだと思う。僕の中にも(同じことが)歌の表現のメインの軸としてあって、どちらか片方では生きていけなくて、その振れ幅がどのくらい大きいか、そこに親近感を覚えます。
ヤン監督:
私も実はあまり自分のことを役者ですとは言わずに「表現する者です」と言っています。野田さんはじめミュージシャンの方の素晴らしい公演をみると、ステージの上で自分の持っているものをすべて投げ出しているように見えます、私もそんな風に演技をしたいという気持ちになります。野田さんの公演を見ると本当に心臓がどきどきしていました。そんな風に自分のパワーを出し切ったという演技をしてみたいです。
松永監督:
わかります。僕も洋次郎とモノを作りたいと思ったのはライブでのパフォーマンスをみて、この人はいい表現をできるのではないか、って。芝居ということでなくても中にあるものを外に出すパワーに満ち溢れていたんですね。
野田さん:
僕にいま演技のお話が色々来るのも、最初に松永監督が僕を見つけてくださったからで、本当にありがたいですし、僕自身気づかなかった、違う、新たな選択肢を頂けた気がしています。

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