「インタビュー」「プロデュース101」出身の高田健太“高校生の時にTEENTOPを見て、歌手になりたいと思った”

写真=10asia

 

TEENTOP、HighlightなどK-POPアイドルの熱心なファンとして、日本で名前を知られたある少年がいる。音楽とダンスを愛した少年は、母国の日本でダンスチームとして活動し、本物のアイドルにも劣らない人気を得たりもした。そうなるほどK-POPアイドルへの憧れは大きくなった。結局その夢を叶えるために、たった一人で韓国に来た。Mnet「プロデュース101」シーズン2で唯一の日本人練習生、高田健太の話だ。

「プロデュース101」シーズン2の後、高田健太はK-POPアイドルへの夢に向け、一歩ずつ近づいている。番組のフィナーレコンサートを通じて、多くの韓国人観客を前に自身の舞台を披露し、韓国地上波ドラマのOST(劇中歌) の主人公の座も射止めた。“K-POPスター”高田健太のさらに輝く明日が期待される理由だ。

Q. 今日が高田健太の初インタビューだと聞きました。気分はどうですか?
健太:とても緊張してます。日本で活動していた時は(インタビューを) 何度かしたことがあるんですが、韓国では本当に初めてです。10asiaで他の友達(「プロデュース101」シーズン2の練習生) のインタビューも見たんですが。だから僕も出たかったんです(笑)

Q. 光栄ですね(笑) 近況からお話しましょうか。7月1日~2日に「プロデュース101」シーズン2のフィナーレコンサートに参加しましたね。
健太:はい! 僕は「プロデュース101」シーズン2に出る前に35位内に入る事を目標にしていました。結局24位という最終順位を得てコンサートに参加することになったんですが、思っていたよりとても楽しかったです。それに大きいステージも初めてだったので、僕がコンサートに出られるよう助けて下さった国民プロデューサーにとても感謝しました。コンサートは本当におもしろかったです。緊張もしなくて(笑) また、僕は比較的ステージにたくさん上がりました。「Be Mine」(グループバトル評価コンテスト曲)、「Spring Day」(ポジション評価コンテスト曲)、「Knock-Open Up」(コンセプト評価コンテスト曲) と、やりたかった「Shape Of You」(ポジション評価コンテスト曲で、健太は今回のコンサートで特別メンバーとして参加した) も披露することになり、とても嬉しくて幸せでした。

Q. 「Shape Of You」は「プロデュース101」シーズン2で担当した曲でなかったため、振り付けを新たに覚えなければならなかったでしょう。
健太:(準備) 時間があまりなくて一番心配でしたが、思ったより反応がとても良かったんです。それも幸いだったし、(キム) ドンハン、(ノ) テヒョン兄さんと一緒にできることになって楽しかったです。

Q. 「プロデュース101」シーズン2が終わって忙しく過ごしているでしょう? 最近ではMBCドラマ「番人」のOST(劇中歌) に参加しましたね。番組出身では初めての地上波進出者です(笑)
健太:はい! はい!(はにかんだ顔で) それもとても光栄で、実は「出来るんだろうか」と思ってました。僕がラップパートも担当したんですが、外国人なので発音が心配でした。良い評価を貰えてとても感謝しています。

Q. むしろ発音がとても良くて、ファンが健太のパートを探せないほどですよ。
健太:ありがとうございます!(笑) 短い時間だったけど一生懸命準備しました。「プロデュース101」シーズン2の時に「Knock-Open Up」の音源を収録して以来、正式な収録は初めてでしたが楽しかったです。

Q. OST曲「Wanna Be With You」が正式発売され、音楽サイトに“高田健太”の名前でアーティストページができました。また、音源発売当日にはMelOnでリアルタイム検索語1位にもなりましたし。知っていましたか?
健太:知っています。はは。(歌手が) 僕の目標だったので、アーティストページを見てとても嬉しかったです。初めは「これが本当に僕のなのか」って、実感が沸きませんでした。リアルタイムの検索語も、僕は外国人なので1位をとるのは難しいことでしょう。それもファンの方々が作ってくださったものなので、本当に感謝しています。思っていたより僕が「プロデュース101」シーズン2を通じて関心を集め、(仕事が) 早い内に上手くいっているようで、なおさら実感が沸かない感じです。

Q. 歌手を夢見ることになった理由が気になります。それも日本人の健太がK-POP歌手を夢見る理由です。
健太:幼い頃から音楽が好きでした。元々は日本で活動するつもりでしたが、僕が高校2年生の時にK-POPを初めて見ました。TEENTOPのステージを通してだったんですが、先輩達って実際には僕と同い年なんですよね(※)。僕と同い年なのにステージで輝く姿を見て「僕もあんな風になりたい」と突然思ったんです。その時から歌手になりたいと思いました。

※TEENTOPの末っ子RICKYとCHANGJOが健太と同い年で、皆1995年生まれだ。健太は日本でTEENTOPのRICKYファンとして有名だった。彼の日本での活動名もRICKYの名前を取った“RIKIM”であった。

Q. 日本で“ガラガラ蛇(G2H)”というダンスチームで活動しましたね。日本でかなり人気があったんですって?
健太:そうですね。実は僕らのCDもありました。CDショップで売るのではなく、僕らがライブ公演を回りながら直接発売する形でした。その頃も胸中では韓国で活動したいという思いがずっとありました。その内にその気持ちがますます大きくなって…挑戦しなければ! と思いました。(2ページに続く)

2017.07.24